ハメドゥスト    テヘラン通信   第10号 






◆イスラム教 1
 宗教についての意識や考えは日本人にはなじみが薄いように思います。先生自身、何教か、神を誰だと信じているかと問われると少し考えてしまうところです
 しかし、日本以外では、人々は必ず何らかの宗教を信じています。その中でも、イスラム教の信者はたいへん敬虔なことで有名です。
 イスラム教には大きく分けて、スンニー派とシアー派があり、一般にイスラム教と言えばスンニー派イスラム教を指すようです。しかし、先生の住むイランはシーア派イスラム教を国教としている ので、まず、一般に呼ばれているイスラム教の説明をしてから、その後で、スンニー派とシーア派の違い、シーア派の特徴などを紹介していきたいと思います。


(1)イスラム 
 イスラムとは、正確にはアラビア語でアル・イスラームと言い、「平和であること」「絶対に帰依すること」を意味し、全てをアッラー(イスラム教の神)に任せ、他人に対して善行を施すこと』がイスラムの真の意味です。
 イスラム教は、世界3大宗教の内一番遅く生まれた宗教で(7世紀)、その ため、いろいろな面で合理的な宗教だと感じるところがあります。例えば、イスラム教にはアッラーという唯一の神と予言者ムハンムド(マホメット)、あとは信徒しか存在しないこと、キリスト教のイエス・キリスト、モーゼ、アブラハムなど聖書に登場する人物をちゃんと予言者として認めているところなどです。


<後日談>(Mさんより)
アッラーとはアラブ(イスラム)の神ではなくてアラビア語で神という意味の言葉です。ファルスイー(ペルシャ語)でいうとKHODAHAFEZ  さようなら の KHODA(神)という言葉にあたります。
日本でアッラーの神という人が多くいますが間違えです。これは、日本の神道が多神教であることからの誤った認識です。イランでは khoda alla とは絶対にいいません。アッラーは ”神”です。そして神はひとつでユダヤ教、キリスト教の神もアッラー(神)です。

もうすこし具体的にいうとアッラー(神)から御言葉をもらったものをムーサ(モーゼ)とするのがユダヤ教、ムーサの後にアッラーから天使を通じてイーサ(キリスト)も御言葉をもらったとするのがキリスト教、(キリスト教がムーサのことも神から御言葉を与えられたものと信じているかどうかは私にはわかりませんが)
そしてアッラーから(エブラヒム=アブラハムとかダヴード=ダヴィデ....)これってダブード=ダビデかなあ?私ってBとVの発音がききとれないんです....もなんか関係があったようですが、記憶があいまいです。
イスラム教のなかではエブラヒムとダヴィデも重要な位置をしめていることは確かです。)
ムーサ、イーサが御言葉をいただき、そして最後に天使を通じて御言葉をもらったのがハズラットモハムマッドであると信じているのがイスラム教です。
そして共通なのはアッラー(神)が唯一、偉大、絶対であるということです。

ただキリスト教では三位一体(こういう漢字でしたっけ?)とかいう考えがありますが、イスラムではイーサはアッラー(神)では絶対にありません。飽くまでも神から御言葉をもらって人々に伝えた役割を果たした者であるっという認識です。

以下は蛇足ですが、イスラムの根本的な理念では神と個人そしてこの両者をつないでくれたハズラットモハムマッドしかありません。司祭とか牧師というものは存在しません。それに近いものといえば宗教の指導者エマームという存在です。しかし彼、エマームも一般の人となんらかわりはありません。アッラーの前では人間は平等です。ですからエマームも一般の人と混じって礼拝を行います。となりで礼拝しているのは靴屋かもしれないしパン屋かもしれないのです。いつだったか?イランの報道をみたときにハタミ大統領が金曜礼拝をしていましたがとなりはまったくの一般の人物でした。



(2)コーラン  
 コーランはイスラム教の聖典です。これは天啓を受けてムハンムドが述べた神の言葉を集めたもので、その中には基本五行(信仰・祈り・断食・メッカ巡礼・喜捨)と様々な人間の行動様式の規定が書かれ、何を食べ、どうして眠り、結婚し、死ぬかという生き方が細かく書かれています。コーランだけでは理解できないので、ハディス(伝承)というムハンムド自身の言行録を解釈学としてコーランは理解されています


                やっとタクシーの乗り方に慣れてきた
 
 テヘラン市内(イラン国内も)では、地下鉄や電車がないので車かバスの移動になり、先生達は専らタクシーを利用しているということは以前にも言ったとおりです。タクシーは日本と違い大変安いので庶民の足となっています。ただ、乗り合いなので、運転手の行き先と意見が合わなければ乗せてもらえないし、運転手の言う料金を払わなければならないし、1台の車に客が6ー8人乗ることもあります。先日「運転手はキングだ」という話を聞きました。タクシーに乗れば、彼らに従わなければならないそうです。そんなタクシーの荒っぽい運転や前座席にイラン人の人達と2人で乗ることにも慣れ、料金のだいたいの相場も分かってきたところです。